緊張・勇気・リラックス

「緊張の余り体の震えが止まらなかった。声は上ずってしまい、まともに台詞を喋ることも出来なかった」
【ローレン・バコール】

映画「脱出」の撮影初日のエピソードだ。
バコールはこの作品(デビュー作)で一気にトップスターの仲間入りを果たし、ハリウッドとブロードウェイを又にかけた輝かしいキャリアを刻み始める。今年で82歳になるこの大スターは今だに現役である。

「緊張」という二文字。
映画、舞台を問わず、この二文字ほど俳優にとって怖いものは無い。この怖い「緊張」と背中合わせで生きて行く事が俳優の一生だと言っても過言ではない。中には「緊張」などした事も無いと言う俳優もいるだろう。確かに先天的に舞台度胸があるタイプというのはいる。だが、殆どの俳優はそうでは無い(過去から現在に至る名優たちも)。舞台度胸があるタイプにしても今まで自分が経験した仕事より極端に大きな仕事に直面した時に平静でいられるかどうかは分からない。「心地良い緊張」という言葉もあるが、ここでのテーマでは無い。ここでのテーマはプレッシャー(重圧)による「緊張」だ。

「緊張」はやっかいである。体と思考を硬直させるのだから当然だ。

ここまで読んだ方は「何を今更そんなことを」と、思われるかもしれない。 そう、確かに今更ながらだ。そんなことは中学校の演劇部員だって知っている。だが、そう思った方は「緊張」の怖さを知らない人か、余程のキャリアを積んだ名優であろう。

本当の「緊張」の怖さとは俳優本人に自覚症状が無いケースに多い。本人は緊張しているのでは無く「集中しているのだ」と思い込んでしまうからだ。こうしたケースというのはTV、映画、Vシネマ、舞台といったジャンルを問わず、繁盛に見かけられる。その結果「集中」と勘違いしている緊張によって、俳優個人の演技力に大きな制限がかかってしまっている。

この勘違いの影響は以下のように出る。

1・体の微妙なバランスを欠き、存在感を薄くする。

2・感情の出し方の微妙な制御を欠き、役の説得力を薄くする。

3・演技の反応速度を狂わす。

4・結果として実力不足(つまり下手クソ)に見られてしまう。

 

 

実に損である。
この損な「緊張」に対抗する手段は誰にでも思いつく。
曰く、リラックスすることだ。 だが、このリラックスするという事が難しい。

では、どうすれば良いのか?
はっきりと断言しよう。

すぐに「リラックス」出来る特効薬などというものは無い。
メンタルコントロール、呼吸などといったものはリラックスの手助けにはなっても決定打には決してならない。稽古場でそれらの修練をしたところで本番でやれるかどうかは別問題だ。

なら、リラックスについては成り行きまかせにするのか?
そうでは無い。決定打ではないが俳優がリラックスする為に重要な要素が一つある。

それは「勇気」である。
昔の演技書には「勇気」の必要性が書かれてあったのに、最近の演技書には何故か「勇気」に触れている物というのは殆ど無い。
俳優は自分を他人に晒すことによってしか成り立たない。
この晒すという行為を行う為には大変な勇気が必要となる。自信などという物はそうそうに付くものでも無いし、やったことの無い役柄を自信を持って「名演に出来る」と簡単に言えるわけが無い。

そうなると、まず必要とされるのは「勇気」だ。
「勇気」とは自発行為によってしか生まれず、資質的要素である「度胸」とは全く違う。
この「勇気」を持った上で役に臨むことが重要である。そして、次に本人なりのリラックス法へと繋げていくことがリラックスへの近道だ。

※リラックス法を一つにマニュアル化してしまう演技法は間違いだ。これは俳優個人の性格的個性の無視に他ならない。演技を徹底的にマニュアル化して教えようとするインストラクターには気をつけることだ。

リラックスと勇気の関係についてもう少し続けよう。
名子役と言われた人が大人になると演技がダメになってしまう原因の一つに「勇気」が絡んでいるケースというのがある。

これは、子供ゆえの認識の浅さから演じる事の重大さが分からずリラックス出来ていたのが、大人になって重大さを認識した瞬間に臆病になってしまうからだ。臆病になれば当然リラックスは出来ない。ここで、勇気が持てるかどうかがその後の分かれ道となる。

ステラ・アドラーは「演技を教える事はできない」と言った。
だが、マーロン・ブランドは「ステラにはそれが出来た」とも言う。そのステラにも「勇気」を教える事は出来ない。優れた演出家や優れた演技インストラクターは「リラックスのきっかけを与える事」「俳優を勇気づける事」は出来るが「勇気」を教えてやることは出来ない。
「演じる為の勇気」は俳優個人に帰する問題なのである。

そして、これが無ければ真の意味での「リラックス」はあり得無い。勿論、例外的なケースというのもあるかもしれないが、それは10000/1以下の例外だと思っていた方が良い。

俳優というのは大変な仕事だ。
リラックスした後には集中という作業が待っている。演技をする上でこの二つは表裏一体の物なのだ。

次回では集中について書いてみよう。

>>第10回 良い"集中"とは